失敗や事故が絶品のスパイス

「あの頃の苦労も、今思えば最高の笑い話ですね!」

10年前にご支援したプロジェクトでPM(プロジェクトマネージャー)を担当された方と再開しました。異動が決まったということで、もう散り散りになった当時のメンバーが集まり、少人数でささやかな送別ランチ会を開きました。

聞くと、なんと「社長」になられるということで、当時のリーダーシップを思い出して納得しました。他の皆様も今や大出世されていて、聞いていて嬉しい限りです。

非常におこがましいのですが、そのPMの方とは「戦友」だと思っています。

当時の失敗や事件は本当に辛くて、そのPMの方とは多くの苦労を共にしました。PMから朝の8時ごろに「不安メール」が来て、夜10時ごろから「愚痴メール」が来ることが日課。その当時は、毎日終電コースでした(今は3日と持ちません苦笑)。

お互いが背中を預けて、信頼関係が前提のもと、各自の役割を果たしていく感じでした。

だから長い間、お会いしていなくても、一瞬であの空気に戻れるし、気も使いません。いかにあの時の「秘蔵ネタ」を出して笑わせるか。そんな事ばかり話をするので、ずっと楽しい時間を過ごします。

あっという間にランチの1時間が終わり、泣く泣く解散しました。

このプロジェクト、今でこそ美談のように語れますが、当時はどうだったのでしょうか?

当時のプロジェクト状況

その方はPMで、田村はPMOでした。

当時は本当にいろいろ辛くて、逃げ出したいことが何度もありました。途方に暮れて、夜の公園でブランコに揺られて「なんかのドラマみたいで俺かっこいい」と現実逃避したりしていました(苦笑)。

ユーザーから大声で怒鳴られて、場が静まり返ることなど日常茶飯事。恥ずかしくて周囲と目を合わせられず、下を向いたまま自席に戻ったりしました。悔しくて席で泣いていると、やさしく声をかけてくれる周囲にさらに泣かされました。

ベンダーと喧嘩して口もきいてもらえず、メールを送っても無視されることもありました。重要な会議に自分だけ呼ばれず、仲間外れにされることもありました。

完全アウェイのベンダー本社に乗り込み、「PMをチェンジしてほしい」と社長に直談判したこともありました。それが後で現場にバレて、お祭り騒ぎになりました(苦笑)。

ベンダーに厳しい指摘をするとベンダーを敵に回すのですが、ベンダーをフォローすると、今度はユーザーを敵に回します。「ベンダーから裏金をもらっているのか」と皮肉を言われます。

「四面楚歌」という言葉を、身をもって体験できました(笑)。

マルチベンダー体制で、ベンダー間の交流もありませんでした。仕方なくベンダー合同定例会を開きますが、板挟みになり、それをマネジメントしないPMOが悪いと逆ギレされました。

最後のリリース判定では、田村が2回も「NG」を出しました。

それを宣言する時、田村の声は震えました。結局、6か月も延伸となり、ベンダーは数千万円の赤字になります。

ベンダーの社長に呼び出され「ウチを潰す気か」と激しく責められました。ユーザー本社にも呼び出され、役員の方たちに囲まれ、延伸になったことを厳しく追及されました。システム連携する関連部署にも平謝りして回りました。

決断の「重責」で数日間、眠れなかったことを覚えています。

こう書き出してみると、苦しいことしかありませんでした(苦笑)。とにかく最初から最後まで課題だらけで、PMとPMOがさばいてもさばいても、毎日終電でした(今は3日と持ちませんが苦笑)。

大きな課題に対してどう動くのか

プロジェクトは積み重ねです。積み重ねしかありません。

プロジェクトは課題の連続です。大きな変革を伴い、困難な課題がたくさんあるからこそ「プロジェクト」なんです。平時の1部署で対応できるなら「プロジェクト」なんか組んでいません。課題もない、楽な「プロジェクト」なんて、効果はたかが知れていますし、やる意味すらありません。

困難なプロジェクトであっても、課題を全て適切にさばき、解決できれば、成功します。大きな課題は、解決可能な小さな課題に分解して「階段」を上っていくだけです。どんなに解決が困難に思えても、適切な「階段」を描いて上れば、到達できます。

その階段を「設計」するのは、とても苦しく大変です。技術力やマネジメントの理論だけでは進まず、泥臭い現場調整や政治活動、人間力、信念など、持っているものを総動員して、解決への確率を積み上げていく作業です。複雑すぎて、いつも頭から煙が出ます。

でも、もしPMとPMOが「思考停止」したらどうなるのでしょうか?

プロジェクトは崩壊し、プロジェクトが死んでしまいます。

PMとPMOは大きな課題に対してどう動くのか?
が常に問われます。

簡単な課題やタスクは他のメンバーに投げてでも、大きな課題こそ自ら行動を起こさないといけません。それはPMとPMOにしかできないからです。

大きな課題こそ、解決した時、一気にプロジェクトが進みます。プロジェクトは「停滞」と「加速」の繰り返し。PMとPMOが大きな課題を解決するたび、加速していき、少しずつゴールに近づいていきます。

しかし、人間は心が弱いものです。絶望的な課題を目の前にして、メンタルが蝕まれていきます。

そんな時、PMとPMOは「達成感」と「大義名分」を考えてみてください。

苦労の末のゴールには、非常に大きな「達成感」が待っています。人生の充実感というか、自己実現欲求が満たされます。「世界の中心に自分がいる」「我が世の春を謳歌した」的な感じです(笑)。

最近気づいたのですが、この「達成感」を知っているかどうか。これが極めて重要です。

田村は、決してメンタルが強いわけではありません。些細な一言で傷つくし、翌日の大事な会議を控えて、眠れない夜もしょっちゅうあります。

ただ、他の方と違うことがあるとすれば、その「達成感」を多く知っていること。苦しい分、達成感が大きくなることを知っている。「苦しさ」の後には「大きな達成感」があるということを「パターン認識」しているだけです。だから状況を俯瞰して、今が苦しいのであれば、その先の楽しいことを想像して頑張れます。

また、苦しいプロジェクトほど「大義名分」が必要です。

「積年の課題を解決するために自分が頑張る」
「負の歴史を変え大勢を幸せにする」

などは、ここぞという場面で踏ん張ることができます。関係者が笑顔になるところをリアルに想像すると、力が湧いてきます。人は自分のためだけでは限界がありますが、他人のためには限界をこえて頑張れるのです。

他人に軽んじられた、馬鹿にされた、恥をかかされた。そんな対人的なプライドは、もうどうでもいいのです。プロジェクトを何が何でも成功させる、それがPMやPMOが持つべきプライド。そのための「大義名分」であり、苦しみはただの「プロセス」です。

辛くなったら、その後の「達成感」に思いを馳せる。「大義名分」を思い出す。

心が折れそうになった時は、「状況の捉え方」を変えてみることが必要です(リフレーミング)。ぜひ試してみてください。

登り切った後の景色

大きなプロジェクトを乗り越えると、1つのパターン認識が形成されます。それは大きな財産となり、その後のプロジェクトを成功させやすくなります。

冒頭のPMの方は、その後もいくつものプロジェクトを成功させ、一気に上まで駆け上がっていかれました。

苦しいプロジェクトこそ、血となり肉となります。

いま支援しているいくつかのプロジェクトも、大きな課題に直面しています(苦笑)。

でもプロジェクトに課題はつきものですし、解決するしかありません。

道なき道を探しながら進んでいきましょう。一緒に踏ん張りましょう。

今はつらいですが、このつらさは「倍返し」のプラスで返ってきます。

この苦しい状況は「デジャヴ」であり、その後に訪れる「達成感」を田村は知っています。それをご一緒している皆様にも味わってほしい。

そして、このプロジェクトが成功すると、会社全体が大きく改善されます。多くの現場の課題が解決され、もっと付加価値の高い事業に取り組めます。まさに「大義名分」があります。だから、力も湧いてきます。

一緒に登り切った後の景色を眺めましょう!!

でも、、、毎日終電はやめましょう笑(今は3日と持ちません苦笑)。